3月8日

連れてってくれよ。
1998年12月のZepp Sapporo に。


見えるはずのない月に遠吠え。
そんな夜がないとやっていけないさ。

カーペットにもビール飲ませちまったよ。







1998年12月

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT
WORLD PHYCHO BLUES TOUR

札幌は 2days 公演でございました。

前のツアーは、ファクトリーホールで
この時は初Zepp だったんですね。

1日目のライブ始まって、
なーんだか客側の様子を伺われているような、不自然な感じがしたんですね。
初めてのハコで緊張しているのかなあ?とか思ったり
その感じも、アンコールの頃には気のせいかなーなんて思ったんです。
2日目にはそんなことすら忘れ。

ネット環境のない頃でしたからねえ。
後日札幌の前、仙台公演でのアクシデントを知りそのせいだったのかと理解した次第。
(その10年以上後の『THEE MOVIE』でその仙台公演での様子を観てさらに納得)


はーい、メンタル弱ってまーす。酒に逃げている程度でなんとかしたいでーす。


雑誌『uv』を取り出しました。20世紀の頃の、
そのうち2冊の表紙はミッシェルです。

そんで、その1998年12月のライブレポートが載っている号もあるのですね。

この時がワタクシ自身にはピークだったなあと思うのです。
その後の『WORLD GEAR BLUES TOUR』
5月旭川公演前日に、勤務中に右足首ねん挫いたしまして
続けてのファクトリーホール公演と、飛べないワタクシ翼の折れたエンジェル?状態。
7月にはZepp 2days公演があったのですが
2日目終わったときに、
何か変わってしまったような…と、汗を吸ったTシャツが体温を奪っていくのを感じつつ
鴨々川の水面を見ながら途方に暮れたような気持ちになったのですね。



ああ、あの豊洲のフジロックでビートの亡霊に…と
個人的にワタクシは思ってしまうのです。
そしてその場所に居合わせたことは
もっとふさわしい言葉があるのであれば言い換えたいのですが
いま現在ご想像のとおり酔っぱらっているのでして


「いやあの豊洲フジがなければミッシェルはまだ続いていたかも…」
とも思ったりもするのですが

いまとなってはやはり、


生きてて良かったー!! 

と思うのです。

さて、酔いが醒めたときどのような言い訳を?(笑)


だってさー、、まだ年が明けてからライブ行ってないんだもん。
手元にチケットないんだもん。



今年のライジング、天国から申し込みしたよ。
エリア変更、事情があるようだが、シャトルバス利用者には去年までがベストだったかも。
ほんとは森にいたいけど。



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by ronron12half | 2018-03-08 04:14 | rock festival